葉っぱのフレディ
葉っぱのフレディ(いのちの旅)
レオ・バスカーリア作
みらい なな訳
春が過ぎて
夏が来ました。
葉っぱのフレディは この春 大きな木の梢に近
い 太い枝に生まれました。
そして夏にはもう 厚みのある りっぱな体に成
長しました。
五つに分かれた葉の先は 力強くとがっています。
フレディは数えきれないほどの葉っぱに とりまか
れていました。
はじめはフレディは 葉っぱはどれも自分と同じ形
をしていると思っていましたが やがて ひとつとし
て 同じ葉っぱはないことに 気がつきました。
となりのアルフレッド 右側のベン すぐ上のクレア
は女の子です。みんな春に生まれていっしょに大きく
なりました。春風にさそわれて くるくる 踊る練習
をしました。日光浴のときは じっとしているのがよ
いということも覚えました。夕立ちがくるといっせい
に雨に体を洗ってもらいました。
フレディの親友は ダニエルです。だれよりも大き
くて 昔からいるような顔をしています。考えること
が好きで 物知りでした。ダニエルはフレディに い
ろいろ教えてくれました。フレディが木の葉っぱだ
ということ。木の根っこは 地面の下にあって 見え
ないけれど 四方に張っていて だから木は倒れない
こと。目の下にあるのは公園で おはようとあいさつ
にくるのは小鳥たちであること。月や太陽や星が 秩
序正しく 空をまわっていること。そしてめぐりめぐ
る季節のことなど みんなダニエルが教えてくれたこ
とです。
フレディは「葉っぱに生まれて よかったな」と思
うようになりました。友だちはたくさんいるし 見は
らしはよいし 枝はしなやかだし その上 風通しも
日当たりも申しぶんなく お月さまは銀色の光りで照
らしてくれるからです。
夏になると フレディは ますますうれしくなりま
した。お日さまが早く昇って おそく沈むので たく
さん遊べます。 かんかん照りの暑さは なんて気持
ちがよいのでしょう。夜になっても 昼間の暑さが残
っているのですから フレディは気持ちがよくて 夢
をみている気分です。
公園に 木かげを求めて 大ぜいの人がやってきま
した。
ダニエルは立ちあがり「さあ 体を寄せて みんな
でかげを作ろう。」と呼びかけました。
フレディは ダニエルに たずねました。「どうし
て そんなことをするの?」するとダニエルは「暑さ
から逃げだしてきた人間に 涼しい木かげを作ってあ
げると みんな喜ぶんだよ。」と言いました。ダニエ
ルの言ったとおりでした。木かげに おじいさんやお
ばあさんが 集まって来ました。子どもたちも来まし
た。お弁当を広げる人もいます。フレディたちは 葉
っぱをそよがせて 涼しい風を 送ってあげました。
「フレディ これも葉っぱの仕事なんだよ。」
ダニエルの話を聞いて フレディはますますうれし
くなりました。老人たちは木かげから出ないで小声で
昔の思い出を話しているようです。子どもたちは 木
に穴をあけたり 名前をほったり いたずらもするけ
れど 笑ったり走ったり 生き生きしています。
けれど 楽しい夏はかけ足で通り過ぎていきました。
たちまち秋になり 十月の終りのある晩 とつぜん
寒さがおそって来ました。
フレディも 仲間のアルフレッドも ベンもクレア
も ぶるぶるふるえました。
みんなの顔に 白く冷たい粉のようなものがつきま
した。朝になると 白い粉はとけて 雫がキラキラ光
りました。
「霜がきたのだ。」とダニエルが言いました。
もうすぐ冬になる知らせだそうです。
緑色の葉っぱたちは一気に紅葉しました。公園はま
るごと虹になったような 美しさです。アルフレッド
は濃い黄色に ベンは明るい黄色に クレアは燃える
ような赤 ダニエルは深い紫色に そしてフレディは
赤と青と金色の三色に変わりました。
なんてみごとな紅葉でしょう。
いっしょに生まれた 同じ木の 同じ枝だの どれ
も同じ葉っぱなのに どうしてちがう色になるのか
フレディにはふしぎでした。
「それはねー」とダニエルが言いました。「生まれ
たときは同じ色でも いる場所がちがえば 太陽に向
く角度がちがう。風の通り具合もちがう。月の光 星
明かり 一日の気温 なにひとつ同じ経験はないんだ。
だから紅葉するときは みんなちがう色に変わってし
まうのさ。」
風が変わったのは そのあとでした。夏の間 笑い
ながらいっしょに踊ってくれた風が 別人のように
顔をこわばらせて 葉っぱたちにおそいかかってきた
のです。葉っぱはこらえきれずに吹きとばされ まき
上げられ つぎつぎと落ちていきました。
「さむいよう」「こわいよう」葉っぱたちはおびえ
ました。そこへ 風のうなり声の中からダニエルの声
が とぎれとぎれに 聞こえてきました。
「みんな 引っこしをする時がきたんだよ。とうと
う冬が来たんだ。ほくたちは ひとり残らず ここか
らいなくなるんだ。」
フレディは悲しくなりました。ここはフレディにと
って 居心地のよい夢のような場所だったからです。
「ぼくもここからいなくなるの?」
「そうだよ。ぼくたちは葉っぱに生まれて 葉っぱの
仕事をぜんぶやった。太陽や月から光をもらい雨や風
にはげまされて 木のためにも他人のためにもりっぱ
に役割を果たしたのさ。だから 引っこすのだよ。」
とダニエルは 答えました。
「ダニエル きみも引っこすの?」とフレディはたず
ねました。
「ぼくも引っこすよ。」
「それはいつ?」
「ぼくのばんが来たらね。」
「ぼくはいやだ! ぼくはここにいるよ!」とフレデ
ィは おお声で叫びました。
アルフレッドもベンもクレアも そのとき が来て
引っこしていきました。見ていると風にさからって
枝にしがみつく葉もあるし あっさりはなれる葉っぱ
もあります。やがて木は葉を落として 裸どうぜんに
なりました。残っているのは フレディとダニエルだ
けです。
「引っこしをするとか ここからいなくなるとか き
みは言ってたけれどそれはーーー」とフレディは胸が
いっぱいになりました。
「死ぬ とういうことでしょ?」
ダニエルは口をかたくむすんでいます。
「ぼく 死ぬのがこわいよ。」とフレディが言いまし
た。「そのとおりだね。」とダニエルが答えました。
「まだ経験したことがないことは こわいと思うもの
だ。でも考えてごらん。世界は変化しつづけているん
だ。変化しないものは ひとつもないんだよ。春が来
て夏になり秋になる。葉っぱは緑から紅葉して散る。
変化するって自然なことなんだ。きみは春が夏になる
とき こわかったかい? 緑から紅葉するとき こわ
くなかったろう? ぼくたちも変化しつづけているん
だ。
死ぬというのも 変わることの一つなのだよ。」
変化するって自然なことだと聞いて フレディはす
こし安心しました。枝にはもう ダニエルしか残って
いません。
「この木も死ぬの?」
「いつか死ぬさ。でも”いのち”は永遠に生きている
のだよ。」とダニエルは答えました。
葉っぱも死ぬ 木も死ぬ。そうなると 春に生まれ
て冬に死んでしまうフレディの一生には どういう意
味があるというのでしょう。
「ねえ ダニエル。ぼくは生まれてきてよかったのだ
ろうか。」とフレディはたずねました。
ダニエルは深くうなずきました。
「ぼくらは 春から冬までの間 ほんとうによく働い
たし よく遊んだね。まわりには月や太陽や星がいた。
雨や風もいた。人間に木かげを作ったり 秋には鮮や
かに紅葉してみんなの目を楽しませたりもしたよね。
それはどんなに 楽しかったことだろう。
それはどんなに 幸せだったことだろう。」
その日の夕暮れ 金色の光の中を ダニエルは枝を
はなれていきました。
「さようなら フレディ。」
ダニエルは満足そうなほほえみを浮かべ ゆっくり
静かに いなくなりました。
フレディは ひとりになりました。
次の朝は雪でした。初雪です。やわらかでまっ白で
しずかな雪は じんと冷たく身にしみました。その日
は一日中どんよりしたくもり空でした。日は早く暮れ
ました。フレディは自分が色あせて枯れてきたように
思いました。冷たい雪が重く感じられます。
明け方フレディは迎えに来た風にのって枝をはなれ
ました。痛くもなく こわくもありませんでした。
フレディは 空中にしばらく舞って それからそっ
と地面におりていきました。
そのときはじめてフレディは 木の全体の姿を見ま
した。なんてがっしりした たくましい木なのでしょ
う。これならいつまでも生きつづけるにちがいありま
せん。フレディはダニエルから聞いた ”いのち”と
いうことばを思い出しました。”いのち”というのは
永遠に生きているのだ ということでした。
フレディがおりたところは雪の上です。やわらかく
て 意外とあたたかでした。引っこし先は ふわふわ
して居心地のよいところだったのです。フレディは目
を閉じ ねむりに入りました。
フレディは知らなかったのですがーーーー
冬が終わると春が来て 雪はとけ水になり 枯れ葉の
フレディは その水にまじり 土に溶け込んで 木を
育てる力になるのです。
”いのち”は土や根や木の中の 目には見えないと
ころで 新しい葉っぱを生み出そうと 準備をしてい
ます。大自然の設計図は 寸分の狂いもなく”いのち”
を変化させつづけているのです。
また 春がめぐってきました。